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ボンダイ(ボンK日報)

あれやこれや

そろそろ専門学校を大学・短大で淘汰しようではないか

最近日本ではグローバリズム構造改革賛成デモが起きたばかりだそうだが、これ、コケる気しかしないんだよ。だって、支持できる日本人が一人もないんだよ。少なくとも成功している国にありがちな存在意義を獲得することはできないだろう。

日本は若者の大学進学率の80%超えを目指しているけど、そもそも日本の大半の大学のルーツって旧制専門学校じゃないか。東京電機大学も、戦前はそうだった。専門学校の大半を大学に移行できなければ教育を近代化させる意味がないと思うんだけどね。

私が大好きな韓国や台湾や中国のそれも、専門学校を大学に置き換えて、大学の絶対数を増やして、それでやっと成り立っているんじゃないかと思う。日本はその点ワンテンポ遅いのではないか。

実際統計で見れば、大学進学動機は就職より専門的技能や社会人スキルを身に付けるための性質が強い。経済の成熟の関係なのかもしれないが、高学歴化政策に必要な学校整備は単純にFラン校を増やすんではなく、専門学校を置き換えるべきだったんじゃないか。まあそれでも失敗すると思うけどね。

統計を見ると、現代でも専門学校進学はそこそこいるが、例えば情報学を学ぼうとして考えるくらいならまず大学進学、そうでなくても短大進学だろう。大学もピンキリである現在、今時専門学校に人が集まるだろうか。

更に云えば、日本語の辞書などでは専門学校卒と短大卒が低学歴と高学歴の境界線らしいが、学力だけ考えればはっきり言って大差もないし、短大のレベルは大学よりも少し劣り気味だし、そもそも短大・専門学校進学希望者がそこそこいるとは思わないんだが、現状維持でうまくいくと考えているんだろうか。

神奈川県横浜市旭区に○山○記の母校があるのだが、あの短大は一度行ったことあるが、存続に必死な感じがした。衰退期の専門学校みたいなもの。もちろん専卒よりは学歴の価値が高く、教育も充実しているが学費が安いだけではうまくいかないのだ。

特に社会的に成熟している地域においては、ニーズの見込めない専門学校は「淘汰」が重要ではないか。アメリカにおいてそこそこの専門学校を成り立たせているのは、そもそも大学の敷居が高くて底辺層の進学率に難があるから。だが日本や韓国の場合、大学の敷居が低く、名前を書けば入れる大学さえある。

日本は世界屈指の、普段後進国とする停滞国、今の成熟途上国の代表格の1つだが、大学や短大の普遍性に打ち勝つことが専門学校にできないようなら、存続させる価値もないし衰退するしかないだろう。