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ボンダイ(ボンK日報)

あれやこれや

私の現在の立ち位置

高山直人にとってアキバ文化は人生の基礎のような存在であり、自身は「現代の大衆文化の省庁」「都市型文化都市のスタイルを固めた地域」などと語っている。2001年冬に高山はアキバ文化と出会い、その技法を学び取ったことは、彼のネット活動スタイルに劇的な変化をもたらしたとされる。その一方、アキバ系は当時の高山直人について「最初はおとなしくて臆病な男だった」「僕の空間におそるおそるという感じで接近していたが、ぼけぇっと突っ立っているだけだった」と語っている。このような高山とアキバ文化の関係が崩れたのには2つの理由があった。以下は高山の手記による。
一つ目は、2012年衆議院選挙でのサブカル消費者の態度にあった。街宣場所でマスコミとトラブルになり、一時期大混乱になった。高山はこれは政治集会でありサブカル大会ではないことから、その区別をきちんとするように彼らに訴えたが聞き入れられず、路線の違いが露わになった。
また、秋葉原や相模原での連続殺傷事件の際、ネット上にある事件を中傷するコメントが掲載されていたこともあった。高山は政治集会や連続殺傷事件におけるネットユーザーやサブカル消費者の態度が現在の状況に繋がったとし、彼らもきちんと反省すべきと主張している。
二つ目は、偶然顔見知りになった秋葉原のとあるオタクが宗教団体と関係を持っていたことであり、高山はネット上の件よりもより悪質だと主張している。高山は相模原での連続殺傷事件が発生する前、秋葉原で高山にどうしても会ってほしいと紹介された人物に会い、紹介されたときは名刺も何もなかったので普通の人かと思ったが、言動が普通の人間と違うので怪しいと思った。高山が新興宗教関係に詳しい家族に名前を調査させたところ、その人物は以前社会問題となっていた宗教団体の地域役員であったという。高山は日本社会における宗教団体への締め付けが近年とても厳しくなり、そのために新たな人財として一般人を利用しようと考え、サブカル社会人の中でもコンテンツ生産者の卵と接触を図ろうとしたのではないかと推測した。
高山はこの事実を知ったのち、携帯電話を受信・着信拒否にしていることを知った、そのオタクが「貴方は私と彼を捨て駒にしましたね」という言葉を暗示しているのを察し、そうなるのは当たり前だったとしている。また、サブカル社会人まして生産者を名乗る者が宗教団体と付き合うのは非常に問題であるとし、上記の問題による路線の違いもあってこれ以降アキバには踏み入れていない。その反面、高山は何が彼らを狂わせたのかと残念がった。