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ボンダイ(ボンK日報)

あれやこれや

私鉄駅の前に住んだ経験がある者だが…

近頃私鉄駅近辺で近日中に開業予定だった住宅が周辺住民の反対によって建設断念に追い込まれた。

子供や若者を育ててきた私は何かと子供や若者のいる家庭に感情移入してしまう傾向がある。なのでこの手の問題は賛成・反対両者の言い分を聞かないと、個人的な好みで判断してはいけないと思い、いろいろと調べてみた。特に反対派の言い分は吟味したつもりだ。
…が、それらを勘案しても、やはりこれは住民エゴとしか言いようがないケースであった。いやむしろ全国でのトラブルの中でも、これほどエゴ剥き出しの例は知らない。

反対派住民はニュースで見ても、まず反対ありきで対話に乗る気配すら見せない。マンション側は「駐車場は設置しない」「防音壁を作る」「二重窓にする」「マドを減らす」などいろいろな妥協点を挙げていたのだが、反対派は「反対、白紙撤回!」とこの一点張り。
地元の交通事情をあげる意見もあるが、交通事情が悪かったら、たとえ徒歩でも駅から通える例えば学習塾のビルでも作ってはいけないのか? これがまず大きな疑問だ。子供も若者もどんな町にでもいるからだ。

さて周辺住民の、おそらくは本音を言ってしまうと、
「鉄道好きがうるさいから来るな」
というところだと思う。交通事情などは反対理由の補強用に後付けで出してきた話だろう。

さて鉄道好きというところも全員が厚かましいわけではない。
皆も、若い頃は混雑する鉄道やバスを使って通勤通学していただろうしかもその時間は一日あたり数時間程度だ。それくらい我慢できないものだろうか?

私はかつて私鉄沿線の格安住宅6階に住んでいたことがある(当時は独身であった)。そこの近くに鉄道の高架があった。実は子供の声や車の音などは2~3階より、6~8階のほうが響くのだ。どこもそうだとは言えないが、私の住んでいた住宅では2階の人が6階に来たときにそう言っていた。
確かに窓の外からわいわいがやがやという声や電車の走行音は聞こえる。だがそれは車のその音や夏の雷の音に比べたら不快で大きいものではなかった。

道路はデッドスペースであり、騒音や危険も伴うが、それに反対する人はなぜか少ない。要するにこうした問題は「自分が受益者かどうか?」によって態度が決まる問題ではないかと思われる。
混雑の原因になるのに道路ができるときは反対しない。だがその道路に路面電車の線路ができるとなると急に反対運動が始まるのと似ている。要は自分にとって関係ない施設は迷惑だという意識である。

以前は不動産広告に「鉄道駅徒歩5分」などというのは宣伝文句だった。だが今ではそれすら迷惑と感じるらしい。特にこの地域での反対派には自動車保有者が多いそうだが、そういう人は自家用車か運転免許を返上してもらいたい。今の鉄道会社達が道路代を積み立てるようになるのだから。それに彼らは自分達が子供の頃は鉄道を使うこともしなかったのだろうか?