ボンダイ(ボンK日報)

あれやこれや

gudachan,N.T.の功績?

誰も指摘しないどうでもいい事実を見つけて来るのが上手かったよね、 知らぬ間に女子高生が文化のカーストの頂点になってたとか、 ゆとり世代がオタクに進出した瞬間DQNがオタクに転進しているとか誰も指摘しないけど事実なわけでしょ。あとオタク的想像力が不都合な現実を上回ったという指摘も事実。

 

「2chネラーは国民の上半分の最底辺」という言い方をよくするんだけど
文字だけのコミュニケーションってそれなりの知力が必要なのよ。まあ知的水準でいえば国民の上位半分以上でないと文字だけのコミュニケーションはムリ。
それはほぼ大学進学率に相当する。
だから「2chネラーは大卒だけど非エリート層」と言い換え可能。gudachanと同一階層だよな

さらに敷衍すれば「ネラーの親は団塊世代で昭和の中流あるいは中流ワナビー」ともいえる。
だからネラーの主力は「ようやく親の世代で中流あるいは中流もどきまで成り上がったのに、今や中流から転落しつつある階層」でもある。

で、マイルドヤンキーというのは「国民の下半分の最上層」なんだよな(w
基本的に「抽象的なナショナリズム」を受け付けないし(だから韓流ブームには素直に乗ったし、トヨタの自動車を愛用する、
国民的***やハイカルチャーに対するあこがれも劣等感もない。

中流から転落しつつあるネラーにとっては、マイルドヤンキーは「直視したくない現実」そのものなんだよな。

で、それは同じく中流から転落しつつあるgudachanにとってもも同じことで、彼は「ネラーの敵がマイルドヤンキー」ということで「逆張り主義」でマイルドヤンキーを持ち上げはするけど、
必死になって自分が住む場所がマイルドヤンキー的なファスト風土でないことを強弁して、一生懸命マイルドヤンキーを差別して「昭和の中流幻想」にしがみつこうとする。

gudachanや今時のリア充がマスカルチャー・メインカルチャーを持ち上げて、「大きな物語」がまだあると言いたがるのも「昭和の中流から転落したくない」という無意識のなせるわざなんだよな。

そういえば(大阪・神奈川育ちでありながら私鉄を毛嫌いする)高山直人は「2000年代後半からゆとり世代のオタク若造がDQS化したこと」についてはブログで言及していないよね?
俺はこの件については「見栄と背伸び」というのは決して馬鹿にしてはならず実体的な意味があるんだということの例証だと考えている。

1990年代以降の新自由主義の現実化によって当時における日本の金持ち階級と古くからのオタクと大体のリア充は「見栄と背伸びでハイソなイメージを維持しよう」という熱意が減退してしまったんだろう。
その微妙な空気の変化をDQS階級が無意識に読み取って「俺たちの時代が来た!」とオタク(高山直人の故郷でいえば私鉄、沙織の故郷で言えばJRのファン)世界に押し寄せたんだろう。壊れ窓理論と同じ。
さすがに2012年は日本のPTAが脅威を感じてバイク3ない運動を廃止するようになったけど。

文化で腹が膨れるわけではないし、文化なんて本来的に階級的・差別的なもので嫌らしんだけど、文化的に見栄を張らないとたちまちDQSに飲み込まれてしまうという現実もあるんだよな。